谷口あかり さん

留学体験談
私は小学生の頃からずっとロシアへバレエ留学を夢見ていましたが、実際に留学が決まった時は突然で、留学の話が出てから一ヶ月もしないうちにモスクワの地に降り立っていました。
バタバタと始まった留学生活。
言葉は「こんにちは」と「ありがとう」しか知りませんでした笑
留学生向けにロシア語の授業もありましたが、レッスン中や寮生活の中で聞き取れた言葉、街で見かける単語を辞書で調べる毎日。少しずつわかるようになるのが、とてもうれしいのと同時に、通じない時はとてももどかしかったです。

六年生に編入したのですが
ちょうどこの学年からプロのバレリーナが使う技術を習得していく、そんなカリキュラムだったので、今まで学んだテクニックをしっかりと基礎からやり直す素晴らしい機会になりました。
とはいえバレエ学校のレッスンは、日本のように先生がみんなを平等に見てくれるわけではありません。ましてや私は身長も小さくスタイルでは完全に見劣りする日本人。悔しい思いは数え切れないほどしました。毎日空いている時間に空いている稽古場を探して先生が他の子にした注意を自分も消化できるようになるまで何時間でも練習していました。体も硬かったので、稽古場が埋まっているときや朝の時間はひたすらストレッチと筋トレ。
こうして書いているとすごくストイックで真面目、、という感じですが、大好きなバレエのことだけを考えてバレエを好きなだけ練習できるのがただただ幸せでした。
それに送り出してくれた両親や先生のためにも胸張って日本に帰りたかった。多分それだけだったと思います。

ロシア人と日本人の違いにもいろいろびっくりさせられました!
ある日買い物に出かけて、小銭がたくさんあったのできっちり払おうとしたら「めんどくさいからいーわよ!(^-^)」と言われお釣りも多めに返ってきたりとか、逆に「細かいのがないなら売らないわ!」と切れられたり笑
パドドゥクラスでは、「わたしは彼と組みたいからあなた変わってちょうだい」と国家試験の前に2年半パートナーを組んでいた男の子を強引に奪われたり、、。そのときはさすがに反論しましたが、愛すべきロシア人の自由気ままさのおかげで、大抵のことは受け流せるようになり、また日本って素晴らしい!とも思いました(^^)
谷口あかり

1992年谷口バレエ研究所入所
2000年ボリショイバレエ学校留学
2001年全国NBAバレエコンクール ジュニアの部6位
2003年ボリショイバレエ学校卒業
2004年NBAバレエ団入団
2004.2005年 全国まちだバレエコンクール
ベスト町田賞
2007年NBAバレエ団退団
2007年劇団四季入団
2013年劇団四季退団
《バレエ》
くるみ割り人形 → クララ 金平糖
ドンキホーテ → キトリ、キューピット
コッペリア → コッペリア 仕事の踊り
ラ・フィユ・マルガルデ →リーズ
海と真珠

など。

《劇団四季》
キャッツ→シラバブ、ランペルティーザ
春のめざめ→ベンドラ
人間になりたがった猫→ジリアン
サウンドオブミュージック→長女リーズル
マンマミーア→ソフィ
アスペクツオブラブ→ジェニー
ジョン万次郎の夢→キン
コーラスライン→ディアナ、マギー
などわ、
現在は姿勢セラピストとして東京を中心に活動中。
「ダンサーのための身体能力UPレッスン」や、「姿勢講座」などを定期的に開催。
2014年9月「ダンサーの姿勢について/姿勢と慢性症状、怪我の軽減、予防について」研究論文発表

 

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